市民学校参加へのお礼と第六回講座へのお誘い

2008/12/03

市民学校参加へのお礼と第六回講座へのお誘い

 寒さも本格的になって参りましたが、皆さまにはお変わりございませんか。
 第五回講座の岡田先生の講演は如何でしたでしょうか。一九二〇年代までの四日市は三重紡績を中心として産業革命を自力でなしとげるほどの力を地元地域が持っていたという話や、街づくりに成功した所にはバカ者(=自分の地域のことしか考えない)、ワカ者(=心が若い)、ヨソ者(=新しい発想ができる)、という「まちづくりの三者」がいるという話など、私は久々に目の前が明るくなり、ここ四日市でも何とかやれるのではないかと少々胸が熱くなってきました。

 さて、次回からは現代の公害に話が移ります。一九八〇年代前後より、全国的に「公害から環境」への大合唱が生じ、四日市でも盛んに「公害は終わった、公害は克服された」というキャンペーンがはられてきました。しかしご存知の通り三年前に、石原産業のフェロシルト問題や、規模にして全国一の大矢知・平津地区産廃不法投棄事件などが相次いで発覚しました。これもまたれっきとした公害です。
 ある人はこれを、公害が海(臨海工業地帯の大気汚染や水質汚濁)から山(産業廃棄物による土壌汚染や地下水汚染)へ移ったと言います。フロー公害とストック公害という分け方をする人もいます。さらには(偽)リサイクル問題なども出てきました。こうして、被害が見えにくく、発症に何十年もかかり、一部には相反する意見も乱立し、誰の言ってることが正しいのか一見しただけでは分かりにくいという錯綜した状況も生じています。
 実は、フェロシルト事件で、問題を摘発し、県内外にわたる各地の住民運動を束ね、石原産業と三重県を相手に交渉し、全量撤去にまでこぎつけるという粘り強い運動を展開し率いてこられたリーダーは、四日市でも三重県でもなく、吉川三津子さんたちを中心とした愛知や岐阜のグループだったのです。そのような吉川さんに、次回の講演をお願いしましたが、住民運動についてもお話が聞けるとあって、私は身の引き締まる思いです。むろん、数多くの現場写真も見せてもらえる大変貴重な場となることでしょう。

  是非ともお誘いあわせの上、ふるってご参加ください。
NPO環境市民大学よっかいち
代表 粟屋かよ子